ダンシングストーン物語
俊矢は私より3つ年下で、恋愛対象にはならず弟のような存在だった。
彼は私のいるマンションの隣に住んでいて、時々部屋に招いては夕食を共にした。
しかし男性として見たことは一度もなく、かわいい弟に食事を作ってあげているという感覚だった。
彼の夢は小説家になることで、アルバイトをしながら懸命に執筆活動をしていた。
私はって言うと、小さな会社の経理を担当しており、
毎日が、マンションと会社との往復という退屈な日々だった。
だから小説家になるという夢をもつ俊矢がうらやましく、
またその夢を叶えてあげたいと思っていた。
7月7日は七夕、その日は俊矢の誕生日だった。
私は俊矢に小説家になってもらいたくて、願いを込めて万年筆をプレゼントした。
俊矢は大変喜び、より一層執筆活動に励んだ。
ある日俊矢は、いくらかの原稿料が入ったので、万年筆のお礼といって
私を食事に誘った。
俊矢は私にフランス料理を御馳走した。
店は大変ゴージャスな雰囲気で、とても私なんかが入れるような店ではなかった。
しかし俊矢は臆することなく堂々と振舞っていた。
私はそんな俊矢をたのもしく、そしていつしか男として見ている
自分に気がついた。
「姉さん!」俊矢は私のことをこう呼ぶ。
「今日は特別な日なんだ。実は僕の小説が直木賞を取ったんだよ。
今日はそのお祝いもかねているんだ。」
「7月7日の僕の誕生日にくれた万年筆ね、あれで書いたんだよ。」
「僕は普段小説を書くときは、パソコンを使うんだ。だけどせっかく姉さんが
くれたんだからと思って、万年筆で書き始めたんだよ。
そしたら直木賞が取れたんだよ。」
私はあの万年筆に願いを込めた。
俊矢が小説家になれますようにと。
あ~ その願いが通じた!
「姉さん、僕と結婚してくれませんか。ずっと好きでした。」
唖然としている私の首に俊矢は手を回し、ダイヤモンドのネックレスをかけた。
「これは、ダイヤモンドではなくジルコニアといって本物ではないんだ。」
「だけどいつか二人の愛は本物になって、ダイヤモンドのように固い絆で
結ばれますように・・・って」
私はいつしか泣いていた。
私の胸元には踊る石、ダンシングストーンが、
喜びで輝いていた。